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Lima Marrakech Granada

2011年5月の旅 その1


alhambra.png 2011年5月19日(木) リマ→マドリード <木村屋の五色あんぱんのだいぼうけんとその哀しい最期>

alhambra.png 2011年5月20日(金) マドリード→マラケシュ <お宿のモロッコ風インテリア>

alhambra.png 2011年5月21日(土)・22日(日) マラケシュ滞在 <マラケシュの印象>


alhambra.png 2011年5月19日(木) リマ→マドリード(2011年7月9日更新)
<木村屋の五色あんぱんのだいぼうけんとその哀しい最期>

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 …そんなこんなで、勤務先でずいぶんな目に遭ってから、一週間も過ぎないうちの旅立ちです。
 われながら切り替えの早さに、ちょっと感心。(帰国後どっと来ましたけれども…)


 飛行機はいったんコロンビアで乗り換え、あとはマドリードへ向かって、ひたすら青い大西洋上を航行します。

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 安定した天候のもと、飛行機は順調に飛び続けておりましたが…
 まもなく南米大陸ともお別れ、というころ、大西洋上にこつぜんと現れた未確認甘味物体!
 …え? こ、これはもしや、木村屋のあんぱん?!


 これが太平洋上なら、さしたる不思議はありません。
 しかしボゴタ(コロンビア)→マドリード便という、銀座から見ると非常に辺境度の高いルートを飛ぶ機中に、いったいいかなる手段で木村屋のあんぱん(それもばっちり賞味期限内)がもたらされたのでしょうか?!


 これはもはやオーパーツ(out-of-place artifacts…いえout-of-place anpan、オーパン??)と呼ぶほかないのではないでしょうか!

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 この偉業がなしとげられた背景には、実は両半球を股にかける、複数の国際エージェントの存在があったのでありました。
 そのエージェントのコードネームは、pacollama & calleretiro…



 そうです、ご存じの方はよくご存じの、さいきん「年ペルー二回」が定着なさった感のある、あのお二人です。
 去年の5月には、ぐうぜんにも休暇の場所と時期が一致、マンタロ渓谷でたのしいひとときをご一緒しました。


 ところが今年は、ちょっとばかし気が合いすぎ、双方がまったく同時期に海外旅行を計画してしまったため(お二人は5月18日リマ到着、私たちは同日マドリードへ出発)、けっきょくきのう18日にわずかな時間、お目にかかれただけでした。

 そのとき、「大西洋航路で木村屋のあんぱん、というのはさすがに珍しくて楽しいのでは?」と、お二人が渡してくださったのが、この眩しい五色あんぱんパック!でした。
 つまり四名のすごい連携プレー(私たちはおいしく頂いただけですが…)により、「大西洋上の木村屋のあんぱん」が実現した次第です。


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 いったい何年ぶりかわからないあんぱんは、ものすごく魅惑的で、リマを飛び立つ前に食べてしまいたかったのですが、なんとかコロンビアまでがまん。

 そして、約束?通り大西洋上にさしかかるのを待ち、さいしょの三つを頂きました。
 (左の写真は、「そろそろいいかな?ここまで来れば大西洋上と言えるかな?」(笑)と、座席前のモニターに写る航路図とあんぱんを、交互に見ているところ)


 ペルーで積まれた機内食はへんにおいしかったのですが、コロンビアのは非常にまずかったため、なおのことありがたかったです。残りは翌朝、スペイン到着前の朝ごはんとなりました。

 インスタントの緑茶もつけて下さったので、大西洋上でなんたる贅沢!


<木村屋の五色あんぱんのかくも長い旅路>
 
東京→成田→ダラス→マイアミ→リマ→ボゴタ→リスボン上空…

@5月某日、東京都内にてpacollamaさん calleretiroさんが五色あんぱんを購入。
Aお二人は
五色あんぱんと共に成田より出発。
 米国を通り赤道を越え、5月18日早暁、南米ペルーの首都リマ到着。
B5月18日午前、ペンション・ペペにて極秘のうちに
五色あんぱんの受け渡し完了。
C同日午後、私と宿六は
五色あんぱんを手荷物に潜ませ、コロンビアのボゴタ行き便搭乗、再び赤道通過。
D同日夜、ボゴタ空港の厳重な手荷物チェックをくぐり抜け、
五色あんぱんは無事マドリード便の機内に潜入。
E同日深夜、大西洋上にさしかかったところで、五色の同志のうち三名は消滅。
F5月19日昼、リスボン上空にさしかかるころ、残り二名も消滅。
 かくて
五色あんぱんは、長い旅路の末に、ついにスペインの大地を踏むことはなかったのである…


 …これだけ大旅行して、赤道を二回も越えた木村屋のあんぱんって、そうそうはないかも!

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 あんぱんで盛り上がったおかげで、長いフライトもあっというまに過ぎ…
 やがて飛行機はポルトガルのリスボンあたりで上陸。それからどんどん東へ向かいます。
 やー、スペインの羊雲だ!


 それにしても、けっこう起伏があるはずのイベリア半島も、ペルーに比べるとつくづく平たいですね。

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 いよいよ嬉しくマドリードに向けて下降中。

 マドリード周辺ってこんなに緑だったかな? もしかして、スプリンクラーによる緑化がいっそう進んだのかな?
 …などと思ったのですが、おそらく暑熱が始まる前の五月だから緑だった、というだけのことかもしれません。
 この季節に来るのは初めてですから。

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樫なのかオリーブなのか、いずれにしてもこれぞスペイン!

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 午後二時、雨もよいの涼しいマドリードに到着。
 滑走路の横にも花が咲き乱れ、ちらほら真紅のアマポーラも混じっており、こんなみずみずしいスペインって初めてです。
 どうもとても良い季節にやってきたようです。ぐ〜っと気分が持ち上がってきました。



 十四時間の飛行ののち、降り立った外つ国(とつくに)でやっぱりスペイン語が通じる、というのも本当に気楽でありがたいです。さっそく、空港ホテルの送迎バスの、運転手さんのおしゃべりを拝聴。

 三十格好のその人はもともとイタリア生まれで、子供のころ米国はフロリダへ移住、それから十年ほど前にマドリードへ来て住みついたとのこと。
 それだけでも大した経歴で、何国人と呼ぶべきかわかりませんが、その上なんと父方のおばあさんはペルー人で、今もアヤクーチョにお住まいなんだそうです。


 十年のあいだに、マドリードっ子らしいちょっとヨタった話し方が身についてしまったので、ペルーのおばあさんと電話で話すと、「もっときちっと喋りなさい!なんなのそのスペイン語は!」と叱られるそうです…

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 宿六はさっそくホテルで、小一時間ほど仕事をいたします。
 そのあと地下鉄で Gran Viaへ(おのぼりさん丸出し)。


 …ホテルを一歩出ると、なんなのでしょう、この「水を得た魚」のような爽快さ、ここにいるだけで嬉しい、という気分は!
 ざんねんながらリマではついぞ味わったことのない感覚です。


 すでにマドリード訪問は、八回目か九回目。
 気楽で居心地がいいのは当然かもしれませんが、じゃあなんでリマではこういう風に足がすうっと軽くなるような感じがないのか?という、あまり掘り下げないほうが良さそうな根源的な疑問にぶつかりますね…


 GranViaの書店CASA DE LIBROをのぞき(先だってのメキシコの本屋が充実していたので、さほどの感動はなし)、大人気らしいMUJI(無印良品)にて旅行用寒暖計など仕入れ、それから夢にまで見たあのガリシア料理レストランへ…

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 お店は木曜にも関わらず、まもなく満席に。
 マドリードっ子、いい暮らししてますねえ。


 どうもスペイン語圏だと、「外国に来た」という実感がいまいち湧いてきませんが、壁の張り紙 PROHIBIDO CANTAR (歌禁止)はやっぱりとってもスペイン的。いいですねえ。

 (しかしマドリードでも、下手なカンテをがなりたがる酔っぱらいが出没するのでしょうか、それとも歌一般をまとめて禁じているのでしょうか?)

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 迷わず魚介類の盛り合わせ、mariscadaを注文。

 さっと茹でただけの、ガリシアの大小のエビ・カニ類が、何種も山盛りになって出て来ます。
 細長いお皿の、短い側から撮ってもこんなですから、実際はもっとすごい量です。
 そろってこちらを見つめるエビのつぶらな黒い瞳が、ちょっと哀しいです。


 お酒はもちろんアルバリーニョ(ガリシア地方の白ワイン)。

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 そうとうに気合を入れて食べ始めましたが、いくら食べてもぜんぜん減りません。

 奥のほうから、percebes(エボシガイ?)も出て来ました。塩ゆでにするとたまらないんですよね、これ。
 (ペルー沿岸でもとれるらしく、一時リマのスーパーでも扱ってたのですが、さいきん見かけないなあ)


 …だいたいこのへんで、旅行前に大騒動があった某社のことは、もうどーでもよくなってきました。

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天国天国。

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 mariscadaは、もちろん悶絶もののおいしさですが、冷たい料理とワインで少しひやっとしてきたので、pimiento de Padronも注文。
 前回(って十年以上も昔)にガリシアに行ったときは、季節じゃなくてくやしい思いをしたので、ついに!君がpimiento de Padronでしたか!という感じです。


 たまに辛いのが混じっているのが、いかにもししとう風ですが、もう少し肉厚で、たっぷりした味があるように思います。(日本のししとう自体長いこと食べてませんので、比較しがたいのですが)
 さっとオリーブ油で揚げて、多すぎるくらい塩をしたのが…やっぱスペイン料理はそうでなくちゃね!いかにも身体に悪そうなところも味のうちなのです…熱々で出てきて、ひんやりした魚介類のつけあわせにぴったりです。


 そろそろリマに帰っても、悔いがないような気がしてきました。

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 大好きなtarta de Santiago(アーモンドケーキ)もあって、もう何も言うことなし!

 (かんたんなので、ときどきリマでも作りますが、アーモンドパウダーを入手しづらいのが難。
 自分でアーモンドを挽くとちょっと粗すぎて、おいしいけれども微妙に違うお菓子になってしまいます)


 明日はモロッコのマラケシュに向かいますが、マドリード滞在をあと二、三日、入れておいても良かったかなあ。できればこのお店には何度か通って、熱い料理もいろいろ試したいです。

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 ふと壁に飾られた古地図を見ると、北アフリカのところにBARBARIAと書いてあります。
 古名だからしかたないものの、ずいぶんな地名だこと。
 そうか、私たちは明日蛮地へと向かうのか!とひとしきり大笑い。要するに二人とも酔っ払っておりました。


 上機嫌でふらふら店を出たところで、さきほど隣に座っていた若い二人連れ(女性はガリシア出身らしく、同席の男性に手とり足とり魚介類の食べ方を教えていました)の女性のほうが、「宿六に預けたはずの」私のカメラを手に、真っ蒼になって追いかけてくるではありませんか! なんたるご親切!

 私には、未成年のころ父に借りた新品のニコンF3をローマの深夜のカフェに捨ててきた、という栄光の過去があります。
 自分が酔っていてあぶないと思い、姉にカメラを預けたら、実は姉のほうがよほど出来あがっていた…ということだったのですが(ため息をひとつついただけで、まったく怒らなかった父は偉かった…今から思えば、まだひよひよしていた娘二人が、ほかには事件もなくイタリアから帰ってきただけで、じゅうぶん嬉しかったのでしょう)、今回もあやうく同パターン。
 やっぱり旅行中は私がしっかりしてないとだめだ、と、肝に銘じました。


 あのガリシア美人には、ろくにお礼も言えませんでしたが(酔ってしどろもどろ)、心の中で大感謝です。
 どうもスペインの葡萄酒は、人を開放的にしすぎますね。とワインのせいにしてはいけないな。(旅はつづく)



alhambra.png 2011年5月20日(金) マドリード→マラケシュ(2011年7月20日更新)
<お宿のモロッコ風インテリア>

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 マドリードのバラハス空港は、いつのまにかむやみに大きく育っていて、きのうに続き今日もたっぷり歩かされました。


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 ひさしぶりに見るイベリア航空機。
 デザインは昔と変わってないのかな、なんだか懐かしいですね。


 (後日、イベリア航空なんかぜんぜん懐かしくないわい!という目に遭うのですが、それはまたのちほど…)

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 飛行機は予定を一時間以上遅れて出発。スペインに来たなあと実感。
 それも、「空港の混雑のため」というずいぶんあいまいな言い訳をしてました。
 空港をいくら大きくしても、仕切りがスペイン的なら…ということですね…


 待ち時間が長く、おなかが空いたので、空港内のカフェでセラーノ・ハムのサンドイッチ。
 スペインにしてはずいぶんミニサイズですけど。

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 やっと飛び立ち、まもなくちょうどRetiro公園のあたりを通ります。中央下の四角い緑の部分。
 その奥の建物が混み入っているところが、昨晩食事したセントロ地区。
 運転手さ〜ん、私やっぱここで降りますわ!


 カボチャの種をかじり、グラニサード(スペインらしくじゃりじゃりしたフローズン・レモネード)を飲みながら、Retiro公園を散歩したあの暑い夏の日は、いったい何年前のことでしょう…

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 飛行機はジブラルタル海峡がよく見えるところを飛んでくれて、ああうれし。

 地図で見る通り、口をあけた猫科動物と猛禽がにらみ合っているかのような、印象的な地形です。
 まったくこの海峡の幅じゃあ、南からああもやすやす侵略されたわけだわ!


 ほんとうは、ここからスペインに攻めのぼり、またのちに北アフリカに逃げ落ちていった人々のあとをしのび、船で渡りたかったのですが、今回は体力温存のため飛行機でマラケシュまで行ってしまいます。

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 北アフリカの海岸線。(…『アフリカの海岸』というすてきな本をみなさまご存じですか?)

 旅の目的地にマラケシュを選んだのに、さしたる理由はありません。
 当初、スペインとの関わりの深い北部を考えていましたが、それでは「はじめてのペルーでマチュピチュ遺跡に行かないみたいなものか?」と考え直し、アトラス山脈やサハラ砂漠へ接近しやすそうなマラケシュにした、というだけのことです。


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 カサブランカの手前あたりで海を離れ、内陸へ入ってゆきます。下界は暑そうですね…
 大地は沙漠めいた色合いですが、地下水利用(たぶん)の大規模農業もけっこう盛んなようす。


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 川沿いにだけ緑があるこの眺め、妙に見慣れた風景…

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 急に緑が濃くなったなあと思っていたら、「まもなくマラケシュに着陸」とのアナウンス。

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 どんどん下降する飛行機。
 うーん、この屋上が平たくてほこりっぽい家並み… なんだか非常にリマっぽいですねえ。
 「けっこう長旅をしたのに、まるでリマに戻ってきたみたいだね」と宿六もつぶやきます。


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 いくつかの門をくぐって、旧市街にあたるメディナへ入ってゆきます。

 ペルーからの旅行者がよほど珍しいのか、空港では宿六のパスポートを見るなり係員が顔色を変えました。
 おフランス語で「ビザはあるのか?」と聞かれたのはわかったのですが、何語でどう返事したらいいかわからず考えているうちに、係員はパスポートを持ったままどこかへ相談に行ってしまいます。不安…
 ペルー人と一緒に海外を旅すると、しばしば遭遇する状況ではありますが…(-_-)


 ややあって、「ペルー人はビザ不要」とちゃんと知っている別のお役人が出てきて、無罪放免。

 ついで通関では、女性のお役人が私を見るなり顔色を変えました。
 「日本人か?ならモロッコに住んでいるのか?荷物の中身はなにか?高価なプレゼントはあるか?!」と問い詰めてきます。
 そんなに在住日本人が多く、また持ち込み荷物で年中もめてでもいるのかしら…?


 これも、もごもご言っているうちに、フランス語もわからない奴がモロッコに住んでるわけないか、と納得したらしく、無罪放免。

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 そんなわけで、とりあえず空港でのモロッコの第一印象、よくありませんでした。
 おフランス語圏は、どうも人が冷ややかで苦手です…


 タクシーの運転手さんもしゃべるのはアラビア語とフランス語ゆえ、意志の疎通はほぼ不可能。
 ひさしぶりに言葉がわからない国にやってきて、「外国に来た!」という実感はありますが、…うーん、世間話ができないのはつまんないなあ。早くもスペインが恋しくなってきちゃいました。



 たしかここは、王宮の通用門だ、くらいのことを言ってたように思うのですが…
 横手にある犬小屋のような警備員小屋が、うちの近所の押しかけ警備員の小屋とまったく同じで、なんだかおかしいです。





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 メディナの中は細い道が入り組んでおり、車で宿に乗り付けることはできません。
 そこで駐車場でスーツケースをおろし、車は車でも荷車に積みかえ、お客もてくてく徒歩で行きます。



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 マラケシュの旧市街の第一印象は、猫だらけということ。それも痩せ猫ちゃんばかり…
 犬は好かれていないそうで、まったく見かけませんでした。



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 細い路地の奥にある、秘密めいた重々しい扉が、今回のお宿。





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 中に入るとこんな感じ。

 riad(リアド)は個人の邸宅を改装した宿だそうで、価格的にピンからキリまでありますが、ここはたぶん中の下くらい。
 ぜんたいに古色がついたというよりはくたびれていて、期待していたほど「夢のよう」ではありませんが、それなりに風情はあります。


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 三つの中庭を囲む、複雑な作りです。
 外の喧騒がぴたっと遮断されるので、中庭のある建物ってそれだけで好き。
 空港以来の不機嫌が、すこしなおってきました。


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 どこから甘い香りが漂ってくるのだろう…と辿っていくと、大きな甕に植えられたジャスミンに行き着きました。
 これは家に帰ったらすぐ真似しよう!


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 どっしりした黒塗りの扉の向こうに、さてどんな部屋が現れるでしょう?


 さいしょ通されたのは、屋上に大きなテントを張って、その下に寝室をしつらえた部屋でした。
 (左上の写真の屋上に写っているところ)


 いかにもモロッコ、というので人気がある部屋だそうですが、昼は暑そうだし、インテリアに興味がある私としては、少なからず期待はずれ。
 そこで、甘くてまずいミント入り緑茶(アッツァイ)を飲みつつホテルの人に相談すると、「四人用のアパルトマンがあいている」と言うので、そちらにかえてもらうことにしました。


 気候の良い五月は本来ハイシーズンのはずですが、四月二八日に起きたテロ事件の影響で、この宿もかなり空いているようです。
 アパルトマンは清算済みの部屋よりずっと広く、わるいみたいでしたが、こんな時期に来てくれてありがとう、という気持ちもあったのかも?


 しかしマラケシュの街の空気からは、テロの影響はまったく感じられず、ただ爆破されたカフェの前を通ったとき、工事用の幕で囲まれているのでそれとわかっただけです。
 出発前はさすがに少し迷いましたが、なにしろ勤務先で、あんな同国人からのテロ攻撃に遭ったばかりですからね……
 旅の厄落としは事前にぜんぶ済んだ!とみなし、あまり気にせず来てしまって正解でした。



 部屋の名前は… フランス語の綴りって本当に不可解ですが、Harouneはハールーンでいいのかな?
 ハールーン・アル・ラシッドのことなら、アラビアン・ナイトの世界めいてて、内装にも期待できるでしょうか…


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 黒い扉を開けると、まず広い居間があります。
 やや、これはなかなかわるくないかも?





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 居間の窓は、カーテンを開くとこんな感じ。
 リマでは寒々しすぎてあまり向かない白壁ですが、ここでは外壁の薔薇色がうつって良い感じ。


 このカーテンの掛け方、風情があるし、洗濯も楽でいいでしょうね
 (猫がのぼって引きずりおろす恐れはありそうですが)


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 木組みの天井。
 リマのバランコあたりでも、よく似た作りの天井をよく見ますが、ルーツは北アフリカだったのかな。




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←部屋の中に、ご立派な門があります。

 反対側からみると、右のようになっています。
 そうか、壁のアーチに重ねて取りつけてあるんですね。



 この木の装飾はいいなあ。
 さいきんパチャカマックの家用に、ファイルを作りはじめたのですが、さっそくそこに追加です。

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 この「門」をくぐると細長い部屋があり、左手にはお女中衆か助さん格さん、もしくは子供用と思われる寝台二つ。

 ついたてもあるし、ここはスーツケースを広げるのに使うことにします。



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 まんなかには、小さな文机と、明かりとりの中庭につづく扉。

 植木鉢が置いてあるだけの小さな中庭ですが、おかげで一日じゅう部屋がほの明るく、またかわいい小鳥の声がよく聞こえます。



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 右手には、奥の主寝室に続く廊下と、その反対側に洗面所・シャワー室があります。




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 上のお女中衆の寝室がおもしろく、横に謎めいた小さな窓があり…

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 覗くと床の高い布団部屋?になっています。



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 気になるので、膝をついてもぐりこみ、奥まで這っていったら、窓の下はホテルの玄関がある路地でした。
 要は、渡り廊下のように宙に浮いてるのですね、ここは。


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 さて右側から主寝室へ。
 たんすの扉には、極彩色の模様が描かれています。






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 あまりアラビアン・ナイトな装飾では安眠できそうにありませんから、ほどほどの飾りつけで一安心。

 ただベッドカバーには、丸い金属片がびっしり縫いつけてあり、さわるとちゃりんちゃりんとお金のような音がします!
 わが家の状況が状況ですから(失業直後)、これは縁起がいいと言うべきか?!


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 寝室側から見た明かりとりの中庭。

 この間取りはいいですね。リマみたいに夜間、窓からうるさい音が入って来がちな街では、こういう風にあえて外向きの窓を作らず、中庭から光と風を入れるようにするのもいいかもしれません。



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 小さな洗面所。
 この木の電灯カバーも、かんたんで良い考え。いつか真似しよう。






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 シャワー室の天井も、不可思議な作りになっています。
 こういうわけのわからない作りの建物って、楽しいですよね(掃除はたいへんそうだけど)。


 部屋の中をぐるぐる歩いて構造を理解し、それから満足して「金のなる寝台」で寝転がっていると、ちょうど午後の祈りの時刻になったのか、四方から湧きおこるようにアザーン(礼拝への呼びかけ)が聞こえてきます。


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 夕食は8時半ごろ。
 まだ空には光が残っていますが、階下に降りてみると電灯やろうそくで照らされ、昼とはだいぶ雰囲気が違っています。


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 モロッコでも五月は薔薇の季節だそうで、あちこちに飾られているのが楽しいです。
 部屋にも飾ってあるともっと良かったのだけど。


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 中庭の、小さな噴泉の前に用意された食卓。
 このテーブルクロス、スペインのLagartera(Madridの西、Oropesaのちょっと先)の刺繍にずいぶんよく似ています。当然こちらが元祖なのでしょう。


 ペットボトル用の金属製ケースもかわいらしく、ほしかったのですが、たぶんペルーのとは微妙〜に大きさが違いそうなのでやめておきました。(もしまた行く機会があれば、今度はカラのペットボトルを持参し、確認してから買うことにしましょう)

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 ここはイスラム国ですが、一般の人目につかない、観光客向け施設の中ならお酒は問題なし、とのことなので、モロッコのワイン(味はぼちぼち)を飲みながら、何種かの温野菜が出てくるモロッコ風サラダを注文。

 ズッキーニ、レンズ豆、人参、南瓜などなどで、クミン(コミーノ)が大量に使われ、相当にペルーっぽい味付けで…というか歴史上の順番から言えばペルー料理がモロッコぽいんでしょうけど…宿六は大喜び。

 ほかに茄子・人参・ジャガイモの野菜のタジンと、鶏とプルーンのタジン(煮込み料理)が出て来ましたが、酔ってピンボケ写真しかないので、小さく載せておきます。
 インパクトのある料理ではありませんが、ふつうにおいしかったです。


 このぶんだと、旅行中に温野菜をたくさん食べられそうなのは心強いです。
 あとパンがまじめに手作りしてあって、おいしいのは嬉しい発見でした。



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 マグリブの祈り(日没の祈り)の時刻、ほうぼうから一斉にわきおこり、中庭の狭い空から降り注いでくる「アッラーは偉大なり!」の響き。
 ちろちろと鳴る噴泉の水音。ゆったりしていて、でもどことなく怪しげなアラビアン・ポップス。


 …さすがに異国情緒たっぷりで、良い気分になってふと目を上げると、私の向かいには、薔薇の花びらのあいだにブラックベリーのケースを放り出し、せっせと仕事している者が約一名……
 働くおじさん、アイスクリーム溶けてますよ…


 デザートはワイン漬けのオレンジ、シナモンで煮たりんご、アイスクリーム添えのチョコレートケーキ。
 これも驚きはないものの、ふつうにおいしかったです。


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 うしろのソファで寝転がっている、おフランス人と思われる…フランス人は目が合っても挨拶はおろかニコリともしないので世界中どこで会ってもすぐわかりますね…おじさんも、さっきからずっと、顔に場ちがいな青白い光を反射させているので、宿六と同じワーカホリックかと思ったら、小説を読んでいたのでした。

 そうですよね、ふつうの人間は、休暇でマラケシュまで来て仕事しませんよね… (旅はつづく)





alhambra.png 2011年5月21日(土)・22日(日) マラケシュ滞在(2011年8月25日更新)
<マラケシュの印象>

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お昼前の旧市街。

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 お宿のそばの野菜くだもの市場。
 思えばメロンもオレンジもスイカも、アラビア世界を経由してスペインにもたらされたのですよね。


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 野菜市場の一角に店開きしている、タジン鍋屋さん。

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 スークのお土産品店に陳列されていた、ぼろぼろの仔猫ちゃん。
 予防注射打ちに連れていってあげたいなあ〜


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 しばらくスークの中をうろうろしてみましたが、(ぱっと見た限りでは)安ピカものばかりで、あまり心を惹かれません。
 そこで緑のあるところで一息つこうと、モスク Koutoubia の裏手へ行ってみます。



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やはり五月、薔薇が満開。

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椰子の木で身繕いする鷹。

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モスクの塔へ飛び去る鷹。

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 おやこれは、南アメリカからの移住者、ハカランダですね。
 二月のメキシコでも咲いていました。今年はどこへいっても、花と縁のある年のようです。



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 風の吹き抜ける公園から、ふたたび市の雑踏へ。
 これはナツメヤシの実の屋台。
 少し買いたかったのだけど、屋台のおじさんの眼光に憶して近づけず…


 そういえば、モロッコには日本の若い女性が夢中になるようなハンサムがたくさんいる、と聞き、見物するのを楽しみにしていたのですが、残念ながらとりたてて発見は……


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 五月の暑さなど、ここでは暑いうちに入らないらしいですが、常春のリマとその湿気に慣れた身には、クラっとくるほどの暑さと空気の乾燥度です。
 でも女性たちの多くは、いつもつつましく身体ぜんたいを覆っています。
 木綿や麻の服なら、日射しを防いでかえって涼しいのかも?と想像していましたが、化繊を着る人もけっこう多くて少しびっくりです。


 とはいえ、土地の人の信仰にみじんの敬意も示さず、どこでも半裸で歩きまわる白人観光客に比べれば、幾重にも身を包んだ彼女たちのほうがはるかに涼しげなのは、まちがいありません。

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 路地からふっと塔が見えたりすると、南スペインにいるような気がしてきますが、こっちが本家だということを忘れてはいけませんね…

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 まひるの香料広場 Place des Epices で、籠屋さんががんばっています。

 あとから思えば、何かモロッコらしいものをひとつ買えばよかったのですが、編み籠ならペルーにいくらでもあるなあ、とか思ってしまって食指動かず。
 たぶん長いペルー暮らしで、民芸品ずれしちゃったのでしょう。目が肥えるのと、すれて感覚が鈍くなるのとは、紙一重なので難しいです…


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 モスクの塔には、四方にむけてスピーカーがついています。

 四半世紀前に(…そう言う私っていったい何歳よ?と、昔を思い起こしてはショックばかり受ける今日この頃)、イスラエルのアラブ人の村で聞いたアザーンは、朗々とした肉声でたいへんに風情がありました。
 でもこういうスピーカー越しの割れ鐘のような呼びかけは、さいしょこそ感動しましたけど、聞き慣れちゃうとあまり雰囲気はありませんね。
 もとより観光資源ではないので、信者の耳にさえしっかり届けばじゅうぶんなのだろうと思いますが。


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 暑いのをがまんしながらあちこち歩いてみましたが、なぜなんでしょう、旅先らしい高揚感がまったくありません。
 結局名所めぐりもなにもせず、喉の渇きに追われてそのへんのレストランへ入ります。

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 いわゆるモロカン・サラダ。
 入った店がいけなかったのか、素材もいいし種類も多いのですが、どれも似たような味で、しかももったりとした重さを感じます。
 健康的なのは確かですけど、ちょっと物足りないです。ペルー式にライムと唐辛子をぱーっとかけたいなあ。

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 鳩のパイ。bastila farj al-hammama
 粉砂糖がたっぷりかかって、たぶんペルーやボリビアのミートパイ(やはり粉砂糖をまぶすempanada や salten~a)のご先祖様なのでしょう。
 (テーブルの奥に丸めたパンが並べてあるのは、小鳥用。良いタイミングでは来てくれなかったのですが)


 モロッコでいちばんおいしかったのは、オレンジジュース!
 昔のペセタが安かった時代のスペインみたいに、毎日水がわりに楽しみました!



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 季節の野菜のクスクス。Al-cuscus bi-l-judar al-mausim
 やっぱり店がわるかったのかなあ? 野菜が単なる塩煮っぽいのがざんねん。
 家で自己流で作っている、スペイン風アルクスクスのほうが、失礼ながらぜったいおいしい。


 ただクスクスじたいは、例の紙パックのとは違って、もっとざらざらとした手作りの風味があって良かったです。

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 想像通りアーモンド大活躍の、食後のお菓子。
 ふつうにおいしかったです。

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串焼き屋さんの看板。涙目のお魚。

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 果物屋さんで眠りこける、うちのハシンタ猫にちょっと似たお方。
 ハシンタ様にはあと二週間は会えないんだ…と思うと、急にぐっときました(T_T)


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 慣習上、女性たちにまっすぐカメラを向けるのは憚られます。
 でもこのへんの人々の服装や顔立ちを知るのも、旅の目的のひとつなので、遠くから少しだけ写させてもらいました。
 こういう衣服のシルエットは、たぶんイスラム・スペインのころからさほど変わらないのでしょうね。


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 午後7時半をまわって、やっと日が傾いてきました。
 涼しくなってほっとします。

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午後8時過ぎ、JAMAA EL FNA広場の夕日。



 この広場は、世界遺産だとかでたいそう有名で、しばしば「マジカルな空間」と紹介されていますが…
 私は苦手でした。あらゆる芸人さんと物売りさんが、虎視耽耽と観光客を待ちかまえている、という感じがびりびりと伝わって来るので、そそくさと通り抜けます。


 当初、モロッコではマラケシュだけに一週間滞在するつもりでした。
 でも、「せっかくならあれこれ見ておきたい、モロッコには二度と行かないかもしれないから」という宿六の意向を入れて、明日はアトラス山中へ行き、そのあと二泊三日でカスバ群とサハラ沙漠の切れ端を見に行く予定です。


 こういうとき、大抵は私の意見のほうが正しいのですが、今回は宿六の判断が正解でした。
 イスラム・スペインというたまらなく魅力的な時代があった!と初めて知ったときから、憧れ続けてきたモロッコでしたが、ここマラケシュは一歩足を踏み入れたとたん、「この街は私は好きになれない」とはっきりわかってしまったからです。


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夕空を飛び交うツバメたち。



 イスラムについては、できるだけいろんな本を読んで、最低限のことはわかっているつもりで、「より多く持つ者は持たざる者に分けるのが当然、分けてもらったほうはお礼など言う必要はない」等々、そのへんの独特の感触も多少はわかっているつもりで……

 しかしそれでも、この街で観光客を相手に(もしくは鴨に…)している人たちの表情に、ふわっとした柔らかさがなく(少なくとも私には見えず)、同じ人間として向き合っている気持ちになれないことが、どうにも居心地わるく思えます。
 自分が120%「観光客という別種の生きもの」として扱われていることを、ここではなぜだか、しじゅう痛感させられるのです。

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新市街のようす。城壁内の旧市街とは別世界。
でも壁の色はマラケシュ・ピンクに統一してあるのは、良い考え。



 中でもいちばん参ったのが、「道を訊いても有料」ということです(笑)
 いえ、大人に聞けばもちろん無料で教えてもらえますが、有名な「道案内を買って出る子供たち」は、噂以上のすごさでした。


 最初に会った案内少年は、こちらがちょっと立ち止まったらすうっと近づいてきて、「フナ広場ならこっちこっち!」と指し示します。
 私たちはフナ広場を探していたのではなく、ただ散策していただけでした。
 でも一本道なので、着いて行くでもなく少年と同じ方向へ歩いていくと、あるところで振り返って、「その角を曲がればフナ広場だ」と言います。


 道案内を頼んだ覚えはないので、そのまま無視して行こうとすると、つめよってきてチップをよこせという荒々しい身振りをします。
 ああやっぱり…と、宿で聞いていた相場額を渡すと、とたんに金切り声のブロークン英語で叫び始めたのには、腰を抜かすほど驚きました。
 「こんな小銭じゃなにも買えない!見ろよ!こんなコインには何の価値もない!これじゃなにも買えないよ!あんたはひどい、人に道案内させておいて!時間を返せ!」


 …時間ってあーた、ほんの数分でしょうに。
 でも私は典型的日本人なので、宿六に「いいからなにかあげて黙らせて…」と気弱に頼んだのですが、これくらいではびくともしないペルー人宿六は、ほかに小銭の持ち合わせがないことを、ポケットをひっくり返して少年に見せます。
 するとその子はものすごい顔でこちらを睨みつけると、それでも小銭はしっかり握り、悪態をつきながら去っていきました。
 しかもそこは、フナ広場とはぜんぜん方角違いの場所だったのでした。


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 これはなかなかぞっとする経験で、もう二度と子供は相手にすまい、と心に決めたのですが、旧市街でちょっとでも立ち止まると、たちまち「フナ広場はあっち、あっち!」と口々に叫ぶ子供たちに取り囲まれます。
 そしてどこまでもどこまでも、執拗につきまとわれるのです。


 OECDなどのデータを見る限り、総合的な国力という意味では、モロッコよりペルーのほうがだいぶ上のようです。
 でもアンデス地方には、観光地のマラケシュよりはるかに質素な暮らしをする子がたくさんいるはずです。
 そういうアンデスの子供たちは、どうしてあんなに(さらっていきたくなるほど)かわいらしいのでしょう…?


 もちろんアンデスでもクスコなどの観光地には、相当にスレた子もいます。
 でも(ひったくり業を営む子は論外として)、靴磨きや物売りとしてつきまとってくる子供たちは、飴で誘惑してその場に引き留め、じっくり話を聞いてみると、ほとんどはお喋り好きで人懐っこい、子供らしい子供です。
 だからマラケシュの道案内少年たちの、ちょっと類をみない確信犯的憎たらしさは、観光客との暮らしぶりの落差や、生活苦だけで正当化できるものではないような気がします。


 より多く持つ者が持たざる者に分けるのは、ムスリムでなくても当然です。
 しかしなにも、余計に持つ者にとことん不快な思いをさせなくても、思わず嬉しく分けたくなるよう上手に仕向ける方法だって、あるのではないでしょうか…(じっさいあとで、そういう愛嬌あふれる大人にも出会ったのですが)


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女性たちの服装は実にさまざまです。



 …そういえば一度だけアンデスでも、観光客への憎しみで目が見えなくなってしまったような、かわいそうな子供たちに会ったことがあります。

 毎年聖週間には、アヤクーチョにリマっ子たちがつめかけどんちゃん騒ぎをします。
 そして復活の主日になると、無駄に大きな無数の四駆が、リマ目指して次々走り去ってゆくのですが、道沿いのある小村で、二人の小さな子が道にロープをぴんと張り、車を停めさせようと必死になっていたのです。


 しかしリマの白人たちは、なんといってもああいう人たちですから、ほとんどが平然と全速力で走り抜け、子供たちはきわどいところでロープを離して難を逃れる、という風でした。
 ぞっとした私たちは車を停め、「あまりに危ないからやめたほうがいいよ」と話しかけてみたのですが、その子たちは、心ないよそ者たちへの怒りでいっぱいになった小鬼のような表情で、何を話しかけても反応はありませんでした。
 そして手渡したビスケットを黙ってひったくると、急いで次の車に罠をしかける準備を始めました。


 それはほんとに哀しい光景ではありましたが、年にたった一度、無数の観光客が村を通るその日に、幼いなりに精いっぱい賭けていることはよくわかりました。
 じっさい生活レベルの悲しいまでの差は、覆いようもなく、食べ足りた顔で自家用車に乗っていたら憎まれるのも仕方ない、という気持ちにもなってきます。


 でもマラケシュの案内少年たちの場合は、単にそれだけでなく、明らかに愚かな観光客を嘲弄することを楽しんでいました。
 もしそれで一家を助けているのなら、それはそれで大したものだと思いますが、…二度と会いたくはありません。


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 ざんねんながら、冷やかしてみる気にもなれなかった、JAMAA EL FNA広場の屋台。
 写真もこれ一枚しか撮ってなかった…



 ところがこの晩、私たちは運悪く、宿の近くでばっちり道に迷ってしまいました。
 空しく歩きまわること小一時間。
 しかも頼みもしない道案内少年7,8人につきまとわれ、とにかく目だけは合わさぬようにしていたのですが…


 私たちが正しい方向へ行きかけると、子供たちは「そっちじゃないそっちじゃない!反対だよ!」と囃したて、また間違った道をまわって同じところに出てくると、けたたましく嘲笑する、というきりのない繰り返しです。
 そして耳元で、「テ・ジェボ・アル・オテル、アミーゴアミーゴ、ノー・レガロ!(ホテルに連れてってやる、友達友達、チップいらないよ)」と、へんなスペイン語でまくしたてるのが、ますます迷路での焦燥をかきたてるのです。


 ペルー暮らしで忍耐を身につけ、めったなことではカっと来なくなった私も、やっとの思いで私たちが自力で見つけた帰り道を、いかにも先導顔で行こうとする子を見て、ついに爆発…してしまいました。
 「バスタ!(もうたくさん!)」と怒鳴ると、さすがにその子はむっとして立ちすくみましたが、かわりに呪詛めいた言葉を背に浴びせられました。


 ひとを呪ってはいけません、それは自分に返って来るだけだから… そう教えてあげるまっとうな家族すら、あの子にはいないのかしら?
 あの子たちの心の中で、観光客を愚弄することとイスラムのすばらしい教えとの兼ね合いは、いったいどういうことになっているのでしょう??



 おそらく私は、マラケシュになにかもう少し、夢のような魔術的な世界を期待していたのだと思います。
 でもじっさいには、ここほど現実的な土地(「お金」というもっとも味気ない現実が万事を支配している気がする土地)は、ほかに見たことがない、というのが私のマラケシュの印象です。


 きっとマラケシュを好んで暮らす外国人は、そういうえもいわれないものを全部飲み込んだ上でなお(というかたぶんそれだからこそ一層)魅力を感じているのかもしれませんし、また観光地ではない生活の場としては、ほかの良さも多々あるに違いありません。
 でも私はざんねんなことに、たった一晩で拒絶反応を起こしてしまいました。


 要するに、「私はマラケシュに断られた」のですね。

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 明けて22日。

 昨晩、横になって道案内少年たちとの一部始終を思い起こすと、「…そうはいっても子供なんだから、怒鳴ったりすべきじゃなかった。小銭をあげてさっさと帰らせれば良かったかな? でもそんなことしたら、路地裏からあの子の仲間が限りなく湧きだしてきたかもしれない…」等々、ああでもないこうでもないと考えがマラケシュめいた迷路に入り込み、ついに一睡もすることができず…

 そこで今日のアトラス行きは取りやめ、かわりに午後まで部屋で倒れていました。
 ま、出立前のXP社騒ぎの疲れも、そろそろ出てもおかしくないころだったのでしょう。


 昼になり、正直なところもうマラケシュの街は歩きたくなかったのですが、宿六のおなかが鳴り始めたのでやむなく外へ。
 出がけに、掃除のすんだお隣の部屋を、ちょっと覗いてみました。


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 こちらの部屋も、やっぱり「金のなるベッド」でした。
 きのうの今日だと、ちょっともう笑えないなあ…

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 宿を出たところで、魚屋さんにかわいがられているとおぼしき、珍しく毛並の良い美人猫に遭遇。
 猫たちは毎日決まったお店に、ほぼ定時出勤しているようです。


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 アッサラーム・アレイクム!
 何も買ったりあげたりしなくても、爽やかに挨拶してくれる猫が嬉しい……

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 暑いよっ……暑いよっ……暑いよっ……暑いよっ……暑いよっ……
 エンドレスに等間隔で鳴きながら歩く猫。


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 人面猫。
 (だれか知人に似てるんだけど、どうしても思い出せない…)


 このへんには、ハシンタ猫と同じうすぼけ三毛が多いようです。
 ハシンタ猫の先祖は、ねずみ捕り要員としてセビーリャでカラベラ船に乗り込んだのだろう、と信じていましたが、案外北アフリカでスペイン人にさらわれたベルベル娘が、はるばるペルーまで連れていったのかもしれません。


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 傷心には猫、もしくは甘いもの、というわけで今度はケーキ店へ。そして入ってびっくり!

 ショーケースのお菓子にびっしりと蜂がたかっているのに(特にこのアップルパイが大好評〜♪)、店の人はまったく気にもしていないのです。

 蜜蜂とハチミツについては、クルアーンで大切にとりあげられているくらいですから、もしかしたら預言者のお気に入りの生きものとして、追い払ったりしない習慣があるのかも?しれません。誰か教えて〜
 まあ蜜蜂なら、衛生上問題はなさそうですね……たぶん。


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 でも念のため、できるだけ蜂がついてないケーキを選びます。
 熱気で少々干からびてはいましたが、ふつうのケーキの味でした。良かった。

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 ほんとはありふれたおフランス式ケーキより、こういう伝統菓子のほうが良かったのかもしれませんが、言葉ができないものだから、つい細かい注文をするのも億劫になってしまいます。
 次回からは、旅先の言葉は多少とも覚えてから出発しよう…と、深〜く反省。


 おフランス語は、大学でいちおう四年もやったはずなのに、すがすがしいまでの忘れ去りぶり。
 スペイン語からの類推で書いてあることの見当はつくだけに、まったく発音がわからんのが一層悔しく、それも相当ストレスになっています。
 やっぱり今回は、スペイン語が通じるというモロッコ北部にすれば良かったかなあ…今さら悔やんでも遅いのだけど。


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 夕食は、宿六だけお宿でサラダやスープ(例のクミン味の…)を出してもらいました。
 私は早くも、モロッコ料理の大味さに食傷気味なので、持参のほうじ茶や上等のおせんべい、インスタントのお味噌汁などでおいしく済ませます。
 いずれも貴重な頂き物であります、念のためスーツケースに入れてきて本当に本当に助かりました。



 ケーキとおせんべいで元気が出てきたので、明日はなんとか気を取りなおし、カスバ見物旅行に出発です! (旅はつづく)


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